| 亀井や古賀と組んだ加藤紘一の“末期症状” | ||
山崎拓、小泉純一郎、加藤紘一をYKKと呼び、とくに加藤は、小泉より総理総裁の候補として頭角を現わしつつあった。 「内閣官房長官」「党幹事長」「党政調会長」「党総務局長」などを歴任、自民党宮沢派を継いで派閥の領袖として順風満帆だったはずだが、この人どうも脇が甘い。東大法学部卒で外務省へ入り、外交官から昭和47年初当選以来10回連続当選していたが、平成12年11月、当時総理の森喜朗に退陣を迫った。そして野党の内閣不信任案に同調の構えを見せたが、野中広務、古賀誠らの切り崩しの前にあえなく頓挫、派閥も分裂した。 この“加藤の乱”が沈静化して間もなく秘書の政治資金疑惑が発覚し、平成14年にはその責任を取って議員を辞職、平成15年に復職した当選11回のベテラン議員。ざっと加藤紘一のプロフィールを紹介したが、金銭トラブルも結構ある。なかでも平成4年6月、鉄骨加工会社「共和」からの"闇献金疑惑"では、危うく政治生命を絶たれるところだった。 また、平成9年には夫人ともども“詐欺罪”で告訴されたこともある。「告訴状」によると、加藤紘一夫妻と加藤の知人の男女2人は、無職の女性が所有地を担保に8億8000万円を借りたことを知り、詐取を計画。知人の女性が「将来性がある加藤に土地を提供すれば、毎月200万円を払い、生涯を保証する」などウソを言って信用させた。 そのうえで無職の女性に土地を買わせたり処分させたりで、無職の女性は融資金の3分の2を失ったという。この土地を探す際には加藤夫妻らが同行し、加藤夫妻自らが購入先を決めたといい、生涯保証金は、加藤側から当初は14回支払われたが途中で支払われなくなった、というもの。これより6年前の平成2年には金銭トラブルではなく、当時の『読売』のナベツネにブン殴られそうになった。 ことのおこりは、加藤紘一が『週刊朝日』(平成2年11月23日号)の<『読売』の威勢がよすぎてみな怖くなってしまった国連平和協力法廃案の舞台裏を話そう>という記事で加藤がインタビューに答えた。 加藤は「この法案がツブれたのは、『読売』と『朝日』の社説における猛烈なツバ迫り合いで、・・・とにかくすごかったですからね。『読売』は集団自衛権を見直し、鉄砲を持って日本も応援に行けみたいなことまで書いて(海外派兵が)無限に拡大してゆくかのような雰囲気をつくった。(以下略)」 これに対するナベツネの怒りはすさまじいもので、宮沢派の領袖であった宮沢喜一にも謝らせた。 「わしはね、彼を三役に入れるべきだと思っている。それなのに不見識なのでたしなめたんだ」と後日語っているが、ともかく加藤は「詫び状」を持ってナベツネに謝りに出向いている。政治家が自分の口から出た言葉に対して、怒鳴られれば謝るというのは、いささか根性がないし、不見識だ。またナベツネも「新聞人」なのだから、堂々と紙面で論陣を張るべきなのにヤクザまがいの恫喝をする。 こんな加藤が、最近亀井静香や古賀誠と食事を共にしている。小泉純一郎と山崎拓にYKK関係を外された形の加藤だから、反小泉の抵抗勢力に歩調を合わせているのだろうが、亀井、古賀というひとクセもふたクセもある策士に、加藤はただ翻弄されるだけで、永田町の論理ばかりにとらわれていると、気がついたら国民に見放されていた、ということになりかねない。 |
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![]() 亀井静香 |
![]() 古賀誠 |
![]() 加藤紘一 |
![]() 左から、山本菊江(原告)加藤愛子(被告)加藤紘一(被告)丸岡素子(被告) |
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![]() 左から加藤愛子(被告)山本菊江(原告)丸岡素子(被告) |
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