| アルバイト情報誌で有名な「an」シリーズ「学生援護会」の醜聞(2) | ||
「会社に15億円返せ」と“姪”に訴えられる 「学生援護会」(赤嶺紀彦社長)では21人役員全員が、平成9年4月1日に東京地裁に“株主代表訴訟”を起こされた。 これは求人雑誌『an』などを発行する「学生援護会」に「会社に15億円の金を返せ」というもので、訴えたのは、現会長井上美悠紀の姉井上陽子の娘・・・、つまり“姪”である。「訴状」によると「弁済期の定めも利息の定めもなく、且つ十分な債権保全もなさずに貸し付けた」という。 平成5年と6年の2回にわたって、会社は美悠紀個人に15億8000万円を貸しつけたが、全く返済していなかったという。この“姪”は「学生援護会」の株主であり非常勤の取締役。ましてや「学生援護会」を急激に成長させた2代目社長井上陽子の娘とあっては、「会社の金はオレのもの」と言わんばかりのワンマンな美悠紀に灸を据えたわけだが、“姪”としては、母親が敷いたレールに乗っかっての放漫経営に業を煮やしていたのだろう。 美悠紀は社長時代に、オーストラリアの「パークロイヤルホテル」を40億円で買収したが大赤字。多額の使途不明金が噂され、「若林出版」(若林照光社長)には弱みを握られて巨額の資金を出したりで、「見ちゃおれん」ということだったのだろう。 |
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![]() 北マリアナ知事カマチョと井上 |
![]() 男まさりの2代目社長井上陽子(故人) |
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社長時代から「北マリアナ」に手を出したりで自宅を自分が社長を務める「学生援護会」に4億円の根抵当権がつけられていたりで、持ちこたえてきたことが不思議なくらいだ。“株主代表訴訟”は「和解した」(広報)とは言うものの、こうした事実は拭うべくもなく、会社の財務を圧迫していることは否めない。 いわば2代目社長だった。“姪”の母親の井上陽子は、男まさりの行動力と馬力で、初代社長の美旭弥が経営に失敗した会社を再建した。 陽子は昭和11年生まれで、高校時代は短距離選手として鳴らし、国体にも出場した。19歳で結婚したが5年で離婚。その間2人の娘を育てながら『日刊アルバイトニュース』を発行しつづけた。この陽子は2日ぐらい眠らないで仕事をしたことはザラ、というほど働いた。そして長者番付にも登場した。
陽子は、兄美旭弥の借金を返すため、最初はワラ半紙にガリ版刷りのを自転車に積んで駅の売店などで扱ってもらっていた。それが高度成長期とぶつかり、労働力不足の時代の中でアルバイト情報誌は手軽に手に入り、需要が増えた。 一方では社員旅行などで、「気に入った男性社員を自室に引っ張り込むという“荒業”も1度や2度じゃなかった」と顧問をしていたS・Mは言う。 “町田まこと”という「自民党同志会」の名刺を振りまき、 練馬区 から衆議院選に立候補したことのある人物を作家のS・Mは「オレも町田と兄弟になっちゃったよ」と嘆いていたことがある。こうして陽子は激しく、そして短い45歳という若さで昭和56年11月に他界した。 |
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