亀井静香の虚像と実像(9)

「学会が政権に影響力を持つのは危険」と吠える


 1993年(平成5年)の総選挙で野党となった自民党は、細川連立政権で政権についた「公明党・創価学会」への批判を始めた亀井静香は、当時自民党幹事長だった森喜朗と“衝突”した。「創価学会」攻撃を目論んだ自民党のミニパンフレットに「新進党を支配しているのは創価学会です」という原案があったが、森は「表現が過激すぎる」と指摘、議論を重ねた結果「旧公明党」という表現に落ちついたといういきさつがある。

  
      「創価学会」批判の急先鋒だったが今は・・・


 国会、地方議員を問わず、個人的に「創価学会」や公明党と人脈がある者は多い。したがって、あまり露骨な表現は避けた方がいい、との配慮があった。95年の参議院選挙のあと、党組織本部長となった亀井は「だから参議院は負けた。ここまできて、まだ創価学会とうまくやろうなどと考えている人は、どうぞ新進党に行ってもらって結構です」と吠えたという。この前年の94年5月24日の衆院予算委員会で亀井は、「公明党」と「創価学会」の「政教分離」をとりあげた。自民党は、政権の座から転落していて、これは“一・一ライン”(小沢一郎新生党代表幹事と市川雄一公明党書記長)にヤラレタ、という記憶がつよい。

 したがって自民党は、6月には、党内の亀井静香が代表を務める「憲法20条を考える会」が中心となって、学者、文化人やほかの教団を巻き込んで、「創価学会」包囲網の「四月会」(俵孝太郎代表幹事)を発足させた。

  
        当時の新聞報道

 なぜ自民党が「創価学会」攻撃にこだわるかといえば、自民党政権時代は自・公・民でやってきたのに、前年6月の宮沢内閣不信任決議案成立までの過程で、「一・一ライン」に完全にしてやられた。これに何とかくさびを打ち込みたい。

 それには「公明党を攻めるしかないし、それには創価学会を揺さぶるのが一番効果的だ」ということだった。だがしかし、自民党は、旧竹下派などの多数の議員が「創価学会」から支援を受けていた。そして“反自民”に転じた当時でも、非公式の支援を受けていることは、自民党選挙対策関係者も認めていることから、「創価学会」攻撃の急先鋒だった亀井静香が、「創価学会」名誉会長の肉声のテープを予算委員会で公開しようとした時、「前例がない」と委員長の深谷隆に制止された。

 このテープ公開を制止した深谷隆も、実は「創価学会」の応援で当選したこともあったというのだからややこしい。
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 疑惑だらけの代議士 亀井静香の虚像と実像
 
    [亀井静香プロフィール]

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