シリーズ「東京ディズニーランド」その光と影(8)

 トボケ続ける加賀見会長は“利益供与疑惑”

    
      舞浜駅外デッキ

『読売』がスクープした「OLC」と右翼企業「中央開発」との問題で、当時社長(6月から会長)の加賀見は、右翼の志賀三郎との関係について「1対1で会ったことはない。高橋さん(故人、前会長)の部屋に来たとき、廊下で会ってあいさつしたことはある」とトボケたコメントをしている。これは面識があったから廊下であいさつしたのである。

 つづけての『読売』の「高橋さんはどう説明していたか」との問いに加賀見は「右翼団体の人だとは聞いていたが」と答えている。また「取引先に右翼団体関係企業があることについては」と質問すると「会社の利益のためには地元の業者に安く発注できれば構わないと思っていた」と言った。つまり、会社の利益のためなら反社会的企業でも構わないというのだから呆れてしまう。

 しかし何の実績もない「中央興発」が、東京メトロ東西線 の浦安駅 前のマンションに事務所を構えた昭和54年といえば、加賀見は“不動産部長”時代。そして同56年6月には“総務部長兼人事部長“。同58年6月には”常務取締役”だった。“総務部”といえば<他の部所に属さざるすべての事項を掌握する>部所であり、“総会屋”や“右翼”の担当窓口だ。その“総務部長”が「知らなかった」では済まされまい。

 それならば、後日表面化したゴルフ場開発会社「酒々井(しすい)開発」への3000万円の出資についての“弁解”がまたオモシロイ。6月17日、加賀見俊夫は千葉県庁で記者会見し「お恥かしい限り。一連の事態を深くおわび申し上げます」と頭を下げた。



会見で頭を下げる加賀見社長(6月17日)

 「一連の事態」とは、「中央興発」だけでなく「酒々井開発」へ平成8年に3000万円の出資をしていた件で加賀見は「自分が決済した」ことを認めた。加賀見は、この前年の平成7年6月に“代表取締役社長”に就任していた。しかし加賀見は「高橋元会長が現役を退いたとき、『私はいろいろな人と付き合っていた。新しい経営陣には関与させない』と話していたので、夢にも思わなかった」とコメントしていた。

 そして「志賀氏との関係は分からなかった」とトボケた。「酒々井開発」の役員には志賀三郎の長男や親族が役員に名を連ねている。加賀見は、そうした役員欄を確認もしないで、やみくもに3000万円という大金を「OLC」が上場する年に出したということになり、これは背任行為といわざるを得ない。だからといって「知っていた」と言えば責任をとらなければならない。

 それは加賀見の人間性だから致し方ないが、都合の悪いことを死んだ会長の高橋政知に責任をかぶせるのは、あまりにも卑劣だ。志賀三郎について“仕置人”草野洋は、加賀見が“常務取締役”になった昭和58年と、“専務取締役”だった平成4年の2度にわたって直接忠告した。2度目は、「シェラトンホテル」の“なだ万”で加賀見は「もう関係なくなりました」と言っていた。現在、「酒々井開発」は、ゴルフ場開発、宅地開発事業は頓挫、清算手続きに入っている。

 それにしても、加賀見が社長に就任した直後から、当人の兄が会長、おいが社長や監査役と親族が経営する食品卸売会社「マルカ商事」と取引を始めていた。この「マルカ商事」と「OLC」との取引きは、当初は年間300万円ていどと自重していたが、平成14年度は2億9000万円、同15年度が1億8000万、同16年度が2億9000万円だった。

 加賀見はもう常識もモラルも判断力も失っているのだから、会長の席も空け渡すべきで、ましてや“院政”を布こうなどは思い上がりもはなはだしい。


 シリーズ「東京ディズニーランド」その光と影
   1.「青べか物語」の、のどかな浦安だった
   2.  瀕死の「OLC」を救った高橋政知
   3.  75万坪が25万坪になった「ディズニーランド」
   4.“総会屋”への「利益供与事件」に発展か
   5.“志賀三郎逮捕”直前に警察官僚を常務取締役に迎え入れる
   6. 加賀見社長が自分を“誇示”したパーティー
   7.「東京ディズニー」に寄生した男
   8. トボケ続ける加賀見会長は“利益供与疑惑”
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