
昭和30年ごろの境川風景、金子権蔵画 |

昭和30年ごろの旧江戸川河口、大三角付近のハゼ釣り、金子権蔵画 |
「青べか物語」の、のどかな浦安だった
“音と光のページェント”“夢とファンタジー”などなど、華麗なうたい文句を並べて客を呼び込んでいるが、“利権の海”といわれた埋立てにまつわるドス黒い醜聞や謀略、暴力団、右翼、政治家が入り乱れた時期もあった。もともとこの浦安という町は、昭和35年ごろ“仕置人”の記憶によると、“船宿”が軒を連らね、ハゼ釣りが盛んで、船頭が、乗船客の釣ったハゼをテンプラに揚げて食べさせるのどかな光景が見られた“漁師町”だった。
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この船宿の跡には「ディズニーランド」が
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<浦粕町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣り場とで知られていた。町はさして大きくはないが、貝の缶詰工場と、貝殻を焼いて石炭をつくる工場と、冬から春にかけて無数にできる海苔干し場と、そして、魚釣りに来る客のための釣舟屋と“ごったくや”といわれる小料理屋の多いのが、他の町とは違った性格を見せていた。町は孤立していた。北は田畑、東は海、西は根戸川、そして南には「沖の百万坪」と呼ばれる広大な荒れ地が広がり、その先もまた海になっていた。(中略)そこ(沖の百万坪)はたしかにその名にふさわしい広さをもっていた。畑といくらかの田もあるが、大部分は芦や雑草の茂った荒地と、沼や池や湿地などで占められ、そのあいだを根戸川から引いた用水堀が、『一つ汐』から『四つ汐』まで、荒地に縦横の水路を通じていた(「根戸川」は江戸川、「浦粕町」は浦安町)>
作家山本周五郎の『青べか物語』からの引用だが、周五郎は昭和の初めに一時期住んでいて、その浦安の風物をこのように描写していた。
この“陸の孤島”といわれた浦安は、昭和39年から始まった埋め立てで、宅地や住宅団地が広がり、昭和54年には5万人、55年には6万人と毎年1万人ほど増加し、56年に市に昇格した時は7万人を超えていた。
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このおじさんはどこへ去った |
シリーズ「東京ディズニーランド」その光と影
1.「青べか物語」の、のどかな浦安だった
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