| ―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <6> | |
新幹線予定地買収のワル知恵 康次郎は、「日本開発」の新幹線用地買収資金を下落合にあった「東京ゴム」(「西武化学」の前身)から出した。 この「東京ゴム」は、1964年に「愛知ゴム工業」とともに「西武化学」に合併され、翌'65年には、この「西武化学」がゴム事業部を分離して「西武ゴム化学」として発足している。こうした複雑な会社の合併や分離は、資金を出し、西武が係わっていた痕跡を隠し、批判のホコ先をかわすためだったことはいうまでもない。 なにしろ新幹線の路線が公表されると、農地を売却した地主たちは地団駄踏んで悔しがり、「新幹線が通ることが分かっていたらこんなに安く西武に売らなかった。」と猛烈なクレームをつけた。 西武側としては、元の地主が団結して「登記の無効」を裁判所へ提訴しないように弁護団で鎮めた。堤康次郎が、新幹線路線予定地をいち早く知り、買収に走ったのは、この他に新大阪駅周辺、中国地方、そして九州方面にまでおよび、莫大な利益を上げたのはいうまでもない。 康次郎の側近弁護士の中嶋忠三郎は、前項で述べたように<堤がどこから情報を得たかは、はなはだ微妙な問題ではあったが、国鉄筋からの情報に間違いないところであった。>(『西武王国』より)と述べているところをみると、知っていても、法律家だけに"犯罪性"があったものとしてトボケているのかも知れない。 当時の国鉄総裁は十河信二で、十河が佐藤栄作(首相)とあまりゆ着しすぎていることから、永野護(当時参議院議員)は、辞職させようとした。この時河野一郎(現衆議院議長河野洋平の父)も首を切る側にまわっていた。そこを康次郎が河野に話をつけ、十河の首をつないだといういきさつがあった。 そのため、恩を売った康次郎は十河を抱き込み、事業のための情報をいち早く入手できる関係をつくりあげ、東海道新幹線予定路線決定直後に買収を始めることができたわけで、国会議員が、その立場を利用し、善良な市民を騙して自己の利益をあげたのだから、これは“犯罪的”行為である。 このような旧国鉄を食いものにしたケースはいくつもある。 |
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