| ―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <4> | |
お彼岸の中日に皇女「和宮」の墓を壊す 『西武王国・その炎と影』(1990年4月刊)には、−狂気と野望−というサブタイトルもある。 この『西武王国』は、サンデー社から出版された280頁ていどの単行本で、先代康次郎の側近弁護士の中嶋忠三郎(故人)が書いたものだが、中嶋の子息が、この本を義明と清二に届けたところ、すぐに西武鉄道の総務部長が忠三郎と子息を訪ねてきて「中嶋さんはすでに退職してますが、特別に1億円退職金を追加で払いたいと社長(義明)がおっしゃるので小切手を持ってきました」と言って税金を差し引いた小切手を差し出してきたという。 子息が、「この本を出さないでくれということですか?」と聞くと、総務部長はうなずいて「こういう出版物は今後出さないようにしてほしい」と告げて帰ったという。この中嶋忠三郎の『西武王国』には徳川家と増上寺の土地買収問題が記されてある。 <増上寺は、徳川幕府が寄進した寺院であったのだが、この当時は徳川家よりむしろ増上寺の方が威張っていた。明治の初期、一時的には、全部国有地にもなったことがあったが、それが再度徳川家のものとなったりで、いろいろと複雑であった。徳川家の所有地3万坪は、増上寺を挟んで東西に分かれていた。その東側は墓地になっていて、皇女和宮の廟もあった。現在、東京プリンスホテルが建っているところである。>(『西武王国』より) 先代康次郎はこの土地に目をつけ、安い価格で買収したが、風致地区を知っていて樹木を切り倒し、東京都とモメたことがある。これも康次郎は風致地区の見直しを検討させ解除させてしまった。 そして中嶋忠三郎は、<私は悲しくも寂しい思いをさせられた。>という個所がある。それは、<実は私と増上寺側の作田弁護士は、話し合いを重ね、お墓の移転問題についても打ち合せをしていた。 そしていずれにしても「お彼岸中には移転はしない」という約束をしていた。ところが、堤は、西武の中村弁護士に指示してお彼岸の中日に、徳川家のお墓即ち和宮のお墓を取り毀してしまったのである。これは、大問題に発展した。>(『西武王国』より) つまり、康次郎は、儲かると思えば、規制もねじ曲げ、“皇室”の土地であろうが、“宮様”の墓だって暴いてしまう。 |
|
堤 康次郎 |
![]() この世に3冊しかないといわれる著書 |
| [シリーズ西武の目次へ戻る] |
![]() |








堤 康次郎
