| ―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <31> | |
永田町を震撼させた“首相選び”の電話 ![]() 堤義明の絶頂期の「西武ライオンズ」のナインを激励にまわる。(1987年) さて、義明の絶頂期に話を戻そう。昭和62年(1987)10月19日だった。この日午前11時30分ごろ、「赤プリンスホテル」新館901号室には竹下登と安倍晋太郎の2人の総裁候補がギリギリの“調整”をつづけていた。それは、安倍と竹下の両者間における候補者の1本化であり、とりもなおさず、どちらか一方が降りるということだった。この時竹下派事務総長の小渕恵三と安倍派事務総長の三塚博が同席していたが、当時宮沢喜一も名乗りを上げており、三つ巴の“総裁選び”が自民党内で進められていた。 ![]() 義明に利用された早稲田閥の1人 竹下登 そこで「赤プリ会談」となった訳だが、竹下、安倍の会談が始まろうとした矢先小渕に電話が入った。これが義明からの電話だった。 これらは、後に新聞などで報道されたことだがここに再録してみると次のようなことだったようだ。義明は、早稲田大学の後輩にあたる小渕に衝撃的な言葉を囁いた。「もし首相裁定に持ち込まれれば、中曽根首相はパーフェクトな形で宮沢を指名する。間違いない。たしかな筋から聞いた情報だ。いったい、あなた方は何をやっているのだ」小渕はびっくり仰天。すぐさま竹下を呼んで受話器をわたす。竹下も「フム、わかった。有難う。努力する」といいつつ、しかしその顔色は青ざめていた。 早速金丸信に連絡すべく、安倍派幹部の森喜朗が走る。金丸に伝わる。「そんなバカなことがありかッ」と金丸は吐き捨てるように言いつつ、首相に確かめようと立ち上がる。そして「もう一度、私が堤さんに確かめてみる」と金丸が受話器をとる。「堤さん、中曽根さんが宮沢さんを指名するなんてことは、政治常識としてあり得ない」「いや、そのあり得ないことが今回はあるんだ。私の全財産をかけてもいい」「全財産を賭けてもいい」と義明がそこまで言い放った根拠はどこにあるのか。 これは昭和62年10月総裁選における最大のミステリーである。 ![]() 安倍、竹下らをゴルフに招待して―。 しかしこの「義明情報」は、その時雷光のように永田町を震撼させたことは事実だが、義明のそれは、見事なネタだった。これは、あえてガセネタを流して安倍、竹下の一本化に河本派も抱き込み、“竹下”を擁立させたいが故の大芝居だったのかも知れない。その背景には、宮沢喜一と義兄堤清二の親密さに対してのいやがらせと見るむきもある。これより2ヶ月ほど前、清二は世田谷の私邸に安倍と宮沢を招き、両者の会談をセット、あわよくば「安宮提携」を成立させようとした。こうした清二の行動は、義明を刺激するには充分すぎるほどで、竹下派にも大きな衝撃を与えた。この時、元首相の福田赳夫は「今回は堤義明にやられたな」と言う言葉を洩らしたという。「オレが一声掛ければ100人の政治家が集まる」と豪語したことのある義明だが、あの、“全国大規模リゾート法案”が、62年春の通常国会で、あっという間に成立したことについて「あれは堤義明のため」と永田町では囁かれていた。 ![]() 電話を取ったとされる当時の小渕恵三 この“リゾート法”成立の根まわしに一番かけずり回ったのが堤義明の早稲田大学後輩の小渕恵三だった。 |
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