| ―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <25> | |
「IOC」委員に選ばれた猪谷は義明の“傀儡” 義明は“自分もIOC委員を諦める代わりに、伊藤氏にも断念させる”ということから「IOC」へ工作したとの情報の裏付けはとれなかったが、自分の意に沿う猪谷が「IOC」委員に据えることができた。「IOC」の委員は、大変なステータスシンボルで、権力も大きく、海外へ出ることが多いため、並の経済力では務まらなかったという。そうした猪谷に、義明は経済的な援助を約束したのだという。 ![]() 当時北海道スキー連盟会長の伊藤義郎 こうしたプロセスを小説仕立てで書いたのがスポーツジャーナリストとして著名な谷口源太郎の小説では義明と伊藤の対立がテーマになっていて、ジャンプの秋元正博と八木弘和が、伊藤の名誉と権力を支えている柱として描かれている。そして後半の部分では、八木が少女を“レイプした”事件に触れている。 「ジャンプの八木が女の子をどうこうしたという話、耳に入ったかい」「浦田さん、どこからその話を聞いたんでか」「そうか、もうそっちに入っていたのか。実はちゃんとしたスジからじゃないんだけど、かなり詳しい話が洩れてきているんだ。それで、ある雑誌社の社長は、すでに八木の勤める銀行なんかに行っているらしいぞ」その夜、兵藤は浦田から、かなり細かいところまで話を聞けた。浦田は最後にこういったのだった。「伊藤も銀行の方から話がいったんだろう、相当慌てたらしい。 それで、何とか話が洩れないように方策を考えた。その結果、金でおさめるしかないということだったようだよ。しかし、伊藤の努力も報われなかったようだよ。東京の方ですでに洩れちゃってるんだから。体協のお偉方の耳にも、もう入ってるはずだよ。これで伊藤のIOCというのは、決定的に無くなったな」−。 この小説では、最終的に義明が、“自分の指示通り動くなら”という条件をつけて、猪谷が義明の“傀儡”であることを指摘している。“八木弘和少女暴行事件”というのは、昭和59年(1984)にユーゴスラビア・サラエボで開かれる冬季オリンピックで、日本人としてメダルが期待されていたのは八木弘和と秋元正博だったが、秋元は、57年7月2日に暴走運転で老人をはね、即死させ、逮捕されてしまった。 これはスキー界だけでなく、アマスポーツ界に大きな衝撃だったが、そこへ八木がその2年前に16歳の少女に暴行を働き、もみ消していたということが暴露されたのだった。 ![]() 当時の八木弘和 八木は、当時の「北海道拓殖銀行」の行員」でもあったことから、「拓銀」と伊藤義郎による懸命ないんぺい工作がなされた。しかし、これらが“事実”として週刊誌などで報道されたことによって表面化し、北海道スキー連盟会長として伊藤は責任を問われ、「IOC」委員就任が幻となってしまった。 そして不可解なことに、“暴行された”という被害者の少女は雑誌のインタビューなどには詳しく話しているのに、刑事事件として警察に告訴した事実はなく、そうしたことから「伊藤のイメージダウンをはかった義明サイドの陰謀」という噂が流れた。 |
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