| ―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <19> | |
ここでも義明は暴力団の資金源 捜査当局の調べ(ロッキード事件で)によると、買戻し総額25億円のうち、15億円は児玉の助言で現金ということにし、あとの10億円は小切手で支払われたという。 そこで横井の分の買い戻し額は1株680円で、横井の友人の分は1株700円で計算され、「西武運輸」など西武系の各社で分割して買い戻した。「西武鉄道」側は、児玉、小佐野に成功報酬は支払わなかった、と捜査当局に説明しているが、児玉や小佐野がタダで慈善行為をするわけではなく、その後、しばらくたってから、那須白河の土地10万坪を児玉に義明が買わされている。 |
![]() 若いころの堤義明西武 |
この土地の所有者が「東亜相互企業」だった。「東亜相互企業」の町井久之は、東声会という暴力団の会長で、韓国人。韓国の当時の大統領朴正熙とは親密で、日韓政財界のパイプ役を果たしたといわれる人物。また、戦後には“銀座の虎”とか“銀座警察”などの異名を持っていたが、朴正熙が暗殺され、大統領が全斗煥に代わってからは、ロッキード事件のあおりもあってか、牙城の「東亜相互企業」のあった六本木のTSKCCCビルも今は荒れ果て、多くの債権者たちが陣取っている。 この「東亜相互企業」が1973年ごろ、北海道のニセコ町でゴルフ用地の買収を始めた。ニセコ町では町井は「ニセコ富士」という会社を設立し、これを前面に立てて、約20ヘクタールの農地を含む130ヘクタールを買収した。 「ゴルフ場ができたら優先的に雇用する」「ゴルフ場に敷きつめる芝生の契約栽培をさせる」「農場をやめても生活の心配はさせない」などの甘言で、町の有力者までが農家を訪ねて土地を売却するよう説得して歩いた。ところが「ニセコ富士」という会社はニセコ農協をまるめ込んで、これらの買収した土地代金約2億円を農家に貸し付けた形にして、農協に立て替えさせた。これは農地を売った農家に資金を貸し付けるという不自然さは否めず、「ニセコ富士」に2億円融資したことになる、との批判が出た。この直後にアメリカの上院外交委員会でロッキード社と児玉との贈収賄事件が発覚、実質「ニセコ富士」のオーナーである町井は東声会という暴力団会長であることも露見して、町は大騒ぎ。 そして、「ニセコ富士」が支払った額は8000万円で1億2000万円の残額となった。その残債の1億2000万円を義明が「西武不動産」名義で肩代わりしてしまったというのだが、実質8000万円しか支払っていなかったという。「あれは東亜相互が刑事事件に発展しそうだったんだが、西武が肩代わりして助けたというんです。どうも西武は足元を見て、農協が立て替えていた1億2000万円の残りのうち8000万円しか払っていないようです」と地元の古老は言っていた。ここに西武はゴルフ場をオープンさせている。 それにしても、他の企業なら尻込みをするような“黒い人脈”に手を差し伸べ、結果的に暴力団に協力しているわけだから暴力団の「フロント企業」といえるかもしれない。 |
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