―シリーズ西武― 西武と堤義明の“悪業”を暴く <13>

“サミット誘致”で京都に「プリンスホテル」

1983年4月15日、京都商工会議所会頭の「ワコール」塚本幸一は'86年に開催される“サミット”(先進国首脳会議)を京都に誘致する場合の問題点について「京都誘致の成否は、国際会議場のある宝ヶ池周辺に、各国首脳が宿泊できるホテル建設ができるかどうかに絞られてきた感じだ」と述べ、ホテル問題が解決すれば、“サミット誘致”が可能である、といわんばかりの発言をした。

 京都府も市も、京都への“サミット誘致”には同意していたのだが、同年4月に京都商工会議所会頭に就任したばかりの塚本幸一のはしゃぎようは異常だった。「安倍外相は、京都開催には基本的に賛成し、ホテルと警備問題の解決が先決、との姿勢だ」とも熱弁をふるった。

 ところが当時の仕置人の取材に対して、外務省経済局では「札幌、横浜、神戸、京都が開催希望を名乗り出ているが、いま1986年のことなど考えるどころではなく、ウイリアムズバーグのサミット出席の準備で大わらわです。京都の場合は、大臣がうなずいて聞いていた、ということのようです」サミットでは各国元首と政府首脳、関係省庁役人らだけでなく、記者団も大挙同行してくるわけだから、ホテルが必要なのは当然だが、“京都にホテルを”と血まなこになっていた。その背後には西武資本と堤義明が見えかくれしていた。

 それより少し前の1981年11月28日に、京都のホテルで「京都府文化懇談会」なるものが開催されていた。これは、知事の林田悠紀夫、副知事の野中広務、新巻禎一、梅原猛、岡本道夫、河北倫明らの他に塚本幸一も同席した“秘密会”だった。「京都でやろうという人は僕の見るところ堤義明ですわ。何故かいうたら、土地出身であれだけやっている人がね、京都にホテル無いんですね。」こうした塚本の積極さが効を奏したのか、義明は1985年、京都国際会議場前の宝ヶ池公園の1等地”私有地”9000坪を買収できた。当時、周辺宅地が1坪100万円だったもの"私有地"を34万円の格安な価格で払い下げた。

 この公園は「第二風致地区」、「市街化調整区域」、「歴史的風土保存区域」、「宅地造成等規制区域」と手かせ足かせでがんじがらめだったにもかかわらず、ここに「プリンスホテル」建設を“特例”で許可した。おまけに 京都市 は「プリンスホテル」の建設が決まるや、下水道本管をホテル近辺まで延長させる工事を進め、特別に放流も許可した。

 この頃国際会議場は浄化槽処理を行っていたし、周辺住宅地は下水道も整備されておらず、供用開始の計画すらも決まっていなかった、という。

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