| <連載レポート> ―歪められた人権― | ||||||||||||||||
| <第5回>実弟がM子を戸塚ヨットに運ぶ | ||||||||||||||||
“不法侵入の問いあわせ”に なしのつぶての麹町署 長々とM子の「陳述書」から、できるだけ原文をそこねないように引用したが、事態のおおむねを理解できたと思う。これからは、警察、病院、親族が行ったM子への人権にかかわる問題や反社会的行為を検証してみる。 M子の「陳述書」の中に、麹町警察に呼ばれ、警察の車で墨東病院へ運ばれた件がある。これに関連して、M子の代理人弁護士が麹町警察署長に宛てた「お尋ね」なる文書がある。 <前略 当職は米国人Gと日本人M子の依頼を受けて、本件に関して以下のお尋ねを致すものであります。
以上の事実につきまして、法令に基づく行為とも、又本人の同意に基づく行為とも考えられない行為であります。上記行為について、至急ご調査の上、当職まで山崎係長の行動の違法性、妥当性につき書面をももって御回答頂きたくお尋ねする次第であります。尚今回の行為については、重大な人権問題も含まれており、他の手続き進行の都合もありますので、誠にお忙しい事とは存じますが、5月末日までに回答よせられたくお願いする次第であります。>
この文書は5月4日に「配達証明付郵便」で麹町署長に郵送されたものだが、5月末日まで返事はなく、さらに8月中旬になっても何ら応答がなかった。したがって代理人弁護士は、<前略、当職は平成7年5月2日付けにて米国人Gと日本人M子の依頼を受けて、件に関して以下のお尋ねを致しました。その後何等かの回答を頂けるものとお待ち致しておりましたが、今日までに至るまで、未だ何等のお返事も頂けておりません。至急御回答頂きたく、よろしくお願い申し上げます。草々>と書きそえて、前回と同じ内容の文書を8月18日付けで再度麹町署長に宛てて発送したが、これもナシのつぶてである。 警察が、一般市民権を侵して他人の部屋へ入り込んで物品を持ち出した行為について弁護士から問い合わせがあったのに、これを再度無視する警察の非民主的な無秩序ぶりには呆れているが、M子を精神異常者に仕立てようとする弟や、それを支援する警察、病院などの方が、かなりの精神異常をきたしているようである。 本稿冒頭に記してあるが、平成5年7月に弟に「東京女子医大の精神科で診てもらって何でもなければ親に会わせる」と言われて診察を受けたが、翌年の平成6年9月1日、東京女子医大医師の吉増克実は、東京弁護士会からの問い合わせに対して、次のように回答している。 <御照会のありました事項につき、以下のように回答させて頂きます。 1、M子に何等かの病的精神障害が認められたか。 回答 M子氏は、平成5年7月9日、当科を一度だけ受診しておられます。御本人のみの陳述と、その場の診察の範囲では、明らかな精神病的症状は認められませんでした。あえていえば、生活史の特殊事情に起因する性格の未成熱性を指摘することは可能と思われますか、さしあたり治療の対象とはならないものと判断いたしました。> と回答している。
弟がM子を戸塚ヨットに運ぶ M子の記憶では、墨東病院へ麹町署員に連れて行かれた時、「ヘビのような目つきをした白衣の男」に注射器で3本の血を採られ、意識不明になった。その時、鑑定医は「その男が1人だった」と言う。すると「精神鑑定には2名以上の鑑定医が当たり、その結果精神障害者とわかれば都知事に報告する。都知事はその報告に基づいて強制入院(強制措置入院)命令を出す。」という精神衛生法第23条にもなじまないどころか「警官が直接病院に搬送する権限は持たせていない」(都衛生局)というのだから問題なのではないか。 「墨東病院で診察室に座っていた白衣の男は1人だったし、絶対に鑑定医ではありません。その白衣の男の名前は、家裁の審判の書類からも知り得ませんでした」とM子は言う。 M子の話を順序だてると、平成5年8月21日に麹町署員と実弟のKらに墨東病院へ強制的に連れて行かれた。そこで注射器3本の血を採られて意識不明になった。その夜、平河町のKアームスというM子の住んでいるマンションに麹町署員の山崎係長が警察手帳を提示し、実弟のKが室内を物色してM子の主要な所有物を持ち去った。 それから8月22日にM子の意識が戻ったが、そこは世田谷区内のアヤメ病院だったという。 そのアヤメ病院のA院長の診断は、「境界型人格障害」で、東京家裁「保護義務者選任申立書」を提出したのが8月31日。この「保護義務者」には、実弟のKの「申立」通り、「K」自身が選任された。 この家裁の審判は、実弟のKが「申立」てた同時に「上記申立人からの保護義務者選任申立事件について、当裁判所はその申立を相当と認め、次の通り審判する。主文、事件本人の保護義務者として申立人を選任する」としている。 資産問題で対立している実弟が「保護義務者」に選任された場合、法的に姉のM子を「保護」の名のもとに精神病院への人退院をさせる権限を持ち、しかも精神異常者ではない「境界型人格障害」という、誰もが感情的になればそうした一面を持っている<あいまいな病気>として診断されたM子を、警察とグルで精神病院に強制的に入院させることもできる。 この家裁の審判は、実弟のKの「偽善的保護者」に何の疑いも持たず、また患者とされたM子への一度の事情聴取もなく、書類の上だけで審判を下している。そこには姉と弟という肉親の関係を友好的なものと信じ切った安易な固定観念に支配された家裁の体質と、怠慢を批判されなければならない。こうした家裁による実態を無視した審議がなされる限り、M子のように人権を歪められてしまうケースは、今後も起こり得るだろう。 墨東病院からアヤメ病院に移送された時のM子の状況をよく記憶していたアヤメ病院の院長は「よく覚えてますよ。医療保護入院を任意入院に切り特えて退院されました,入院させておく理由がありませんでしたからね。墨東病院から来た時は、精神科の方で睡眠薬でも注射されたらしいです。M子さんの話を聞いていて、よくも警察がそこまで踏み込んだことをやれるものだなあ、という印象を持ちましたね」と当時を語ってくれた。 こうしてM子は11月7日にアヤメ病院を退院するのだが、実弟KとM子の娘、白衣の男2人で、全日救という施設の患者送迎用の車で寝巻きのままM子は戸塚ヨットスクールヘ連れて行かれた。 「……合宿ということでオキナワに行った時、父が死んだらいくら遺産が入るのか。入ったら五パーセントくらい戸塚ヨットスクールに投資しないか、と戸塚に言われたので俗っぽい人だ、金で動く人だと思いました。弟も利用されたのではないかと思います」とM子は手記に書いている。 その戸塚ヨットスクールでM子は三ケ月余り生活する。そして逃げ出した時の様子を次のように記している。
「恐ろしい顔で暴力を振るいだしました。全治3日間と外科医院の診断書を警察に提出し、受理されています。私は着の身着のままゴムサンダル、コートなしで隣の福助レストランの電話を借り、婚約者のGヘ電話しました。福助の従業員が河和派出所へ車で送ってくれました。 (中略) (戸塚の暴力行為の)調書を取るからと、半田署まで4人で行きました。おかしなことに、警察に東京へ帰るお金を借りたいと申し込むと断られ、名古屋市内へ私服に着替えた同じ警察官と車に一時間乗り、婦人保健所へ連れて行かれました。2月21日になれば県職員が来るので、その人に相談するように言われまして、警察の人は帰りました。24時間、錠のかかっている所で生活し、所内の赤電話でコレクトコールで婚約者Gと他3人ほど連絡を取ろうとしましたが土曜日に1本電話をつないでくれただけで、日曜日になるとすべての電話をつないでもらえなくなった。」 こうした中で、M子はなんとか婚約者のGと連絡が取れて東京へ帰ることができたという。 |
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