栃木県足利“総会屋美術館”の栄枯盛衰(下)
“地面師”橘田幸俊が理事に

現在「栗田美術館」は、林屋晴三館長のもとに細々と運営されているが、林屋館長は常勤ではなく栗田英雄の息子である栗田俊英事務局長が取り仕切っている。
 この「財団法人栗田美術館」の理事の中に“橘田鷹凡”という人物の名を見つけて“仕置人”はギョッとした。この橘田(きった)は本名“橘田幸俊”という。


橘田幸俊は最近の謄本では「橘田鷹凡」と改名している

 橘田は、1986年10月に旧「住友銀行」が謀略的に旧「平和相互銀行」を吸収合併した際に「平和相互銀行」オーナー家の株式34パーセントを握って合併の立役者となった佐藤茂がオーナーの「愛時資」の代表取締役だった人物。橘田はまだ若かったから、松井凡太という人物(平和相互と関係深い)と2人が代表権を持ち、「愛時資」は佐藤茂のダミーだった。

 佐藤茂は「川崎定徳」(港区六本木)の終身社長で元暴力団松葉会の組員。この佐藤茂を師として“地面師”としての業を身につけ、多方面にわたって人脈を形成した。

 とくに佐藤茂の没後、「愛時資」を「麹町土地建物」と社名を変えたが、平成15年に負債2,370億円で“自己破産”に追い込まれた。
 その後、「アーバンコーポレーション」(広島市・房園博行社長)という上場企業の相談役として、神田神保町でダミー会社を利用して土地をころがし、短期間に地価を暴騰させた。その“土地ころがし”の手法が、佐藤茂が存命中の“土地ころがし”とそっくり。

 1987年ごろ「平相銀」の関連会社である「足立産業」が所有していた銀座6丁目の元「キャバレー・クラウン」の80坪余りが1坪8000万円で「親日建設」に売却され、直後に「愛時資」「竹中工務店」「佐川急便」、そして「山京商事」には1億2000万円という空前の高値で売却された。この時の「愛時資」に松井凡太と橘田幸俊がいて、この2人が「栗田美術館」に理事として居残っていた。

 なにしろ「栗田美術館」は足利駅から車で20分ほどの距離。その敷地は3万余坪と広大なものだが閑古鳥が鳴いている「栗田美術館」は前途多難。その時、大きな資金力をバックに持つ橘田が“本性”を表すのかも知れない。
 なお橘田幸俊については別項で取り上げる。


3万坪の「栗田美術館」全景


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