| 栃木県足利“総会屋美術館”の栄枯盛衰(中) | |
| 美術館に大企業から200億 | |
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1996年他界した栗田は、美術品のコレクションの多さでは有名で1000億円ともいわれ、6000点を所蔵していたといわれている。その多くは古伊万里と鍋島焼といわれ、「総理大臣や代議士は数々いれど古美術を集めて美術館を作ったのは俺だけだ」と生前の栗田は胸を張っていたというが、さて資産家の生まれでもなかった栗田がどのように購入資金を集めたのだろうか興味のあるところだ。 1975年10月25日の土曜日の大安の日に、この栗田美術館がオープンした。開館式には、外国大使から一流大手企業の幹部から地元足利市長ら各界のそうそうたる顔ぶれと、新橋の芸者、銀座のホステスら約1000人が駆けつけた。 |
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開館のセレモニー栗田(中央)の絶頂期 |
![]() 「(財)栗田美術館」役員に名を連ねた大手企業トップ (クリックで拡大) |
「栗田美術館」は財団法人として東京日本橋浜町に1974年設立された。 発足当時の評議員には、北浦喜一郎(野村証券社長)、垣添秋三(日本カーボン社長)、鹿島昭一(鹿島建設副社長)、安西浩(東京ガス会長)、藤井丙牛(新日鉄副社長)、児玉忠康(日本郵船相談役)、畠山清二(荏原製作所専務)、竹中宏平(竹中工務店副社長)、瀬長良直(三越相談役)、相馬敏夫(明治製菓社長)、平木証三(リッカーミシン社長)、臼井果(同社総務部長)、柳沢政一(西銀座デパート専務)、そして佐藤藤佐(元検事長・弁護士)らが名を連ねていた。これだけの大企業のトップが評議員、そして理事に名を連ねているのだから資金が集まらないわけはない。しかし、鹿島などは未だに建設費の20数億が回収できないでいる、と関係者は証言するが「鹿島」はこれを否定している。 この鹿島一族は美術愛好家としても著名で平成16年4月1日に発足した「財団法人文化財保護芸術財団」にも石川六郎(昨年他界、名誉相談役)と鹿島昭一取締役兼相談役が役員に名を連ねている。 この財団は、「文化財保護振興財団」と「芸術研究振興財団」が統合されたもので、理事長は画家の平山郁夫。ここにも一流企業のトップ90数名が理事や評議員に就任しているが正会員は1口50万円ナリ。 しかし「栗田美術館」など年間5万人の入場者がなければ採算がとれないといわれるが今では2万人に減り、衰退の一途をたどっていて、噂では美術品の売り食いでしのいでいるとも言われている。 一時は“怪物”“大物総会屋”といわれ、女優や歌手、芸者などと浮名を流した栗田英男は、美術品の蒐集は“金集め”の手段だったのと、稀に見る自己顕示欲の権化だったのかもしれない。 |
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―関連記事― 栃木県足利“総会屋美術館”の栄枯盛衰 (上)[故吉田茂首相をも脅した強者] (下)[“地面師”橘田幸俊が理事に] |
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開館のセレモニー栗田(中央)の絶頂期