-シリーズ- 認知症の資産家老人に群がったハイエナたち<6>
認知症老人の土地に自宅を建てた担当医師 中島健二



京都府立医科大学病院“不名誉教授”の中島健二
中島健二に“名誉教授”の称号を与えている京都府立医科大学付属病院

 前回に紹介した「準備書面」の中で<ムッターフーズ(認知症で亡くなった中谷正敏の経営していた会社=筆者注)が所有していた京都市左京区岩倉の土地を抵当権付きのまま、所有権移転登記を経由して自宅を建築した。>と指摘されている認知症患者の中谷正敏(平成15年5月死亡)の担当医だった中島健二は、平成2年から平成14年まで勤務していたが現在も「京都府立医科大学」の“名誉教授”。
 中島健二は、中谷正敏が通院当時は“脳・血管系老化研究センター神経内科”に勤務していた。
 「ムッターフーズ」という会社を経営していた中谷正敏は、京都では有数の資産家で、所得番付に何度も名を連ねたほどだったが、「京都府立医科大学病院」の医師中島健二のもとに通院するようになったのは平成10年10月から。そして同11年8月6日には“アリセプト”3mgを投与されている。さらには12年3月16日には“アリセプト”5mgのものを14日分投与されている。そして、その12月15日にも14日分を与えられている。(「カルテ」より)
 “アリセプト”とはアルツハイマーの進行抑止剤としてアメリカで開発され、現在は日本でも相当数の服用患者がいる。


中島健二が、「京都府立医科大学病院」時代に担当した中谷正敏に、“認知症”の進行抑止剤“アリセプト”を投与していたことを示すカルテの一部


土地取得に係わる「領収書」の疑惑

 中島健二が「ムッターフーズ」から“買った”と称する宅地は京都市左京区岩倉の312,83平方メートルの土地。“買った”金額は、9,250万円で、手付金として900万円を支払ったというが、「契約書」の日付けが明確でなくⒶの「領収書」の日付けは平成9年10月20日と明記されているが、誰に対する「領収書」なのか分らない。要するに金を誰から受け取ったか分らない「領収書」であって、お粗末このうえない。


手付金として払った900万円の「領収書」だが、渡した相手の名前が無い

 また、Ⓑの2,000万円の「領収書」(9.11.8)の他のⒸ300万円(10.1.20)、Ⓓ1,500万円(10.3.30)、Ⓔ1,000万円(11.4.6)の3枚の「領収書」は、日付けこそ違っているが、同時に同一人物が書いたとしか思えない。そこで中島健二の勤務先や自宅へ取材をかけたが、中島健二は応じようとせず、妻君は「弁護士さんに取材に応じるなと言われてますので」と拒否。そこで「弁護士の名は」と聞いたが教えてくれない。ぜひ何処で誰に支払い、誰が書いた「領収書」なのかを明らかにしてもらいたい。

この3枚の「領収書」は、みごとに筆跡が酷似していて、同時に作成したようにしか見えない

 前記したように平成10年にアルツハイマーの進行抑止剤“アリセプト”が投与されたほどだから、土地売買の話が出たころは、すでにアルツハイマーの兆候があったと思われる。そうした状況を逆手にとって土地の取得に手練手管で中谷正敏を翻弄したのか。
 中島健二は、井岡三郎という弁護士と組んで、日付の無い「確認書」を作成させている。その「確認書」は中谷正敏から中島健二と中島美奈子夫妻にあてたものとなっている。




自らの“悪事”を正当化するために“認知症”の中谷に作成させたと思われる

 それだけでなく、この中島健二は、やはり井岡三郎弁護士を代理人として平成16年7月30日付で「有体動産仮差押申立」を京都地裁に起こしている。


この訴訟の中で、中谷正敏の所在を探し当て「仮差押」が決定したにもかかわらず、全部の「取下書」を裁判所に提出している。中島健二は中谷正敏の保有していた美術品を奪おうと井岡三郎と画策した足跡が明らか

 平成16年といえば、中谷正敏は高度な認知症の中で、あちこちの福祉施設をたらい廻しされていて、訴訟関係の“特別送達”など理解できないし、もちろん出廷もできない。被告人が出廷しなければ敗訴となる民事訴訟法を悪用した中島側の“詐欺行為”に等しい。
 中島健二と井岡三郎は、平成11年1月23日に家を建て、土地の“所有権移転登記”も平成13年9月28日に終えているのに、中谷正敏の病状が悪化しているのを見越した訴訟を、平成16年7月30日、京都地裁に起こしている。


他の債権者の抵当権抹消の確認なしで自宅を建設

 中央信金の抵当権が設定されたままの土地に自宅を建てるという不可解千万な所業に及んだ中島健二は、前記したように平成16年7月30日付で井岡三郎を代理人として「有体動産仮差押」を京都地裁に申し立てている。その申立の<理由>は、8,035万円を7回に分けて(「売買契約書」には9,250万円)支払ったのに中央信金の抵当権が設定されたままで、その残債務は、約6,900万円だったといい、固定資産税、都市計画税、府民税など約9,850万円の抵当権が設定されていたので、中谷正敏を問い詰めたところ、受け取った土地代金は、中央信金に返済せず、他に流用したことを白状したのだという。
 結果的には2人の弁護士によって解決したものの、中島健二が「ムッターフーズ」に対して2,765万円余りの債権が発生している。したがって、“損害賠償請求”を起こすぞ、というもの。
 この「申立書」の後半の「保全の必要性」では<目ぼしい資産は金融機関等によって競売に付されてしまい、これといった資産はない。しかし、数箇所に若干の美術品(絵画・彫刻・道具など)がある様子であるが、これらも中谷の所有であるかムッターフーズの所有であるか、差押えてみないと判然としないが、いずれにしても中谷によって処分される恐れが高いので、執行を保全するため本申立に及んだものである。>と主張している。


中島健二は、平成14年に「京都府立医科大学付属病院」を退職してから、上記のような訴訟を起こしている


 「申立書」に記されている中島健二が「ムッターフーズ」の中谷正敏に支払った金額と、その年月日の一覧を見てみる。

平成9年10月20日 900万円
〃 〃11月 8日 2,000万円
〃10年1月20日 300万円
〃10年3月30日 1,500万円
〃 〃 4月28日 1,300万円
〃 〃 5月25日 1,035万円
〃11年4月 6日 1,000万円
合 計 8,035万円

 そして「申立書」では次のように述べている。

<債権者(中島健二)は、本件土地上の抵当権が抹消され、完全な形で所有権の移転を得るものと信じて、平成10年3月19日本件土地上に居住用の建物を建てるべく、中谷の紹介による訴外中央建設株式会社と工事請負契約を結んで着手し、平成11年1月23日から完成した本件土地上の建物に夫婦で居住を始めた。>

 これでは、③の1月20日の300万円の支払後に建設会社と工事契約を結んで工事を始めたことになり、この時点では3,200万円しか支払っていない。そして<平成11年1月23日から夫婦で居住を始めた。>ということは⑦の平成11年4月6日の1000万円を支払う前に中島夫婦は新居に移住したことになる。
 いずれにしても他の債権者の抵当権抹消をさせないで、その土地に住居を建てるバカはいない。したがって“仕置人”は「領収書」に疑問を持ち、取材を試みたが、電話に出た中島夫人は「弁護士さんに取材に応じるなと言われているので・・・」とコメント。FAXで送信した「質問書」にも答えはない。


“名誉教授”の仮面をかぶった中島健二

 ここに中島健二が平成15年9月に書いた「陳述書」がある。この「陳述書」には、自らの経歴について縷々述べている。

 中島健二は、この「陳述書」の中で、臆面もなく次のように述べている。
<建築に当たり中谷正敏は、土地の売買代金は後でいいから、建設の費用を先に払ってやってくださいと言いましたので、私達夫婦はますます中谷正敏を信用するようになりました。
 後になって考えると、中谷正敏が土地売買代金の支払に寛容であり、建物の代金を先に支払ってやってくれといったりしたのは、決して彼の優しさや親切心からきたものではなく、売買代金全額を受取れば、京都中央信用金庫の抵当権を抹消して所有権移転登記をすることを求められ、売買代金を京都中央信用金庫に一部しか支払っておらず、大部分を他に流用していたことが露見するのを恐れたための行為だという事が分り、私達はなんとお人好しだったのだろうと悔やまれますが後の祭りでした。>

 この「陳述書」の中で、中島健二が「京都府立医科大学病院」に勤務していた時期に、中谷正敏が“認知症患者”だったことには一言も触れていない。中谷正敏が、“認知症患者”として自分が治療したことが知られないように裁判所に隠した、ということは医師のモラルに反する反社会的で卑劣な行為であり、代理人弁護士である井岡三郎も弁護士倫理に反する。
 弁護士の井岡三郎は、自分の所属する「阪神法律事務所」の事務員の名で「陳述書」(平成16年7月30日)に、中谷正敏の「勤務先は分らない」と書いて京都地裁に提出させている。その直後に弁護士井岡三郎は「報告書」(平成16年8月2日)では、大津の知人宅に同居していることを同地裁に報せている。しかし、その「報告書」はもとより、提出した文書のどこを調べても、中谷正敏が“認知症患者”であることを記してはいない。


この「陳述書」には、自らが中谷正敏の担当医だったことも“アリセプト”を投与したこともまったく記されていない


 裁判所は訴えがあれば事務的に被告に“特別通達”によって口頭弁論の期日を伝える。しかし“認知症”の中谷正敏は、いろいろな福祉施設をたらい廻しにされ、期日に出頭できない。すると裁判所は欠席裁判によって原告の主張を100パーセント認める。
 この「有体動産仮差押申立」訴訟も、債権者(中島健二)側弁護士井岡三郎が「報告書」を提出したその日にまんまと「仮差押」が決定している。
 こうして「仮差押」が決定したにもかかわらず、翌平成17年6月29日付で中島健二側は、
<頭書事件について、都合により上記申立てを全部取り下げます。>と記した「取下書」を京都地裁に提出した。
 今後、相続人らは中島健二を被告とした訴訟を起こす気配だが、「これは刑事事件としても立件できそうだ」との声も少なくない。


西田昌司(参議院議員)と中島健二医師との関係

 “仕置人”は、京都市内の西田昌司の事務所を2度訪ねている。(-シリーズ-<1>参照)1回目は平成18年12月7日だが、この時に「医師の中島健二を知っていますか」と尋ねたが西田昌司は「知らない」と答えた。しかし2度目の12月22日に、中谷正敏の実妹である“相続人”川島勝子と子息2人を連れて訪ねた時に確認したところ「面識があります」と会っていることを認めた。
 西田昌司が中島健二に会った理由は要約すると、中島健二の新築した住居が“違法建築”ということで京都府から「是正勧告」が来た。そこで当時京都府議会議員だった西田昌司に泣きついてコト無きを得た、というもの。つまり、大学病院の名誉教授が“違法建築”を府議会議員の政治力でモミ消してしまった、ということだから開いた口が塞がらない。それほど親しい間柄だということだろう。
 中島健二も西田昌司も社会的に地位も名誉もある医者と議員のやることではないのだが、それはそれ、この2人にはモラルも羞恥心もないワルなのだから。



医師として“認知症”の治療をしながらその患者の土地に建てた違法建築中島健二の居心地のワルーイ自宅


“不名誉な教授”中島健二の自宅

 また、中島健二の代理人弁護士の井岡三郎は、前記(-シリーズ-<3>)したように、国の重要文化財である室町時代の“六曲一双”の屏風を「ムッターフーズ」の元役員の女性の母親名義にして文部科学省に届けさせていたことから、名義人の母親に、屏風を入手した経緯を尋ねると「弁護士の井岡先生に聞いて下さい。私は知らないです」の一点張り。
 そこで井岡三郎に電話をすると、「そんな個人的なことあんたに話す必要はない」と受話器をガチャリ。ちなみに井岡三郎と、重文の屏風を“横領”した元女役員は親せき関係にあたるというのだが、元女役員は某週刊誌の取材に「私は中谷さんの愛人だったから、あの屏風は贈与されたものです」と記者を煙に巻いたというが、これもおそらく弁護士井岡三郎の入れ知恵だろう。



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