| 初代環境庁長官・大石武一(3)三県知事“缶詰め”で「尾瀬」の県道中止 |
![]() 守られた尾瀬の水芭蕉 |
大石は、“水俣病”でも“四日市ぜんそく”でも、問題があるところへは自ら乗り込んで調査する。この「尾瀬」の県道に関しても“視察”に行った。「尾瀬」に三代にわたって山小屋を運営しているNという人物からの陳情だった。 Nによると、「尾瀬」に県道(観光道路)が建設されようとしていて、県道ができると「尾瀬」の自然はメチャメチャになる。そこで大石が調べてみると、すでに3年前に厚生省から許可が出ていた。それから1週間後に大石は現地調査に出向いた。 それで問題なら工事を止めるが、そうでなければ止めないがいいのかと聞いたらNはそれで結構です、と言った。 「それで行ってみるとね、Nが言うように、尾瀬の動、植物群をはじめ、自然環境に大きな影響が及ぶ恐れがあるということが分かったんだよ。これはやはり道路は造っちゃいかんと。尾瀬は国立公園で、国立公園は厚生省の所管だからね。おそらく、地元からの要請で代議士あたりが動いて道路建設ということになったんだろうが、当時は国立公園の自然の方が大事だなんて、誰も考えないからね。ともかく、3年も前に建設許可が下りて道路の建設が一部始まっていた。Nは、その工事を止めてくれ、と。尾瀬が死んでしまうと言うんだ」 その時点で、県道は3分の2程度建設が進んでいた。 「だから、さあこれを止めるとなると大変だった。わたしはまず佐藤総理に直接相談した。閣議の席なんかで言うと、建設大臣とか農水大臣とか、ウルサイのがいっぱいいるからね。総理、環境破壊がひどすぎる。いま、国立公園に十数本道路を通したいという要望が来ているが、2〜3本止めたいと思う。いいですか、と聞いた。すると佐藤総理は、“君の思う通りにしたまえ。もしその土地を買う必要があったら、国の金で買いたまえ”と言ってくれた」幼い子が得意満面に自慢話をするように、失礼だが天真爛漫だ。 「数日後、わたしは群馬、新潟、福島の知事3人を呼んで、長官室で話し合った。というよりね、知事3人を長官室に缶詰にして、3時間半もわたしがネバったわけだ。そしたらついに、福島県の木村守江知事が下りた。“わたしはもうたくさんです。うちは下ります”とね。彼は同じ医者同士で、友人だった。すると次に、同じ元河野派代議士だった新潟県の亘四郎知事も、“福島が止めるなら、うちも異存はない”と言って下りた。 こうなると大勢は決したも同じ。最後に残った群馬県の神田坤六知事も“仕方がない”と同調した。そこでわたしは、予め呼んで廊下に待たせておいた新聞記者らに“3県の知事は自発的に下りたぞ”と伝えた。 それで、新聞、テレビにパァーッと流れて全国民に伝わって、おしまいさ」こう言って快活に笑った。 しかし当時は、建設省からクレームがついた。 「ああ、ゴタゴタ言うのがいっぱいいた。ところがね、道路局長がわたしの高等学校の後輩でね、“お前らグズグズ言うな、これでいいんだ”と説得したらしい。何しろ国民やマスコミはそういう方針を希望していたんだからわたしの味方さ。拍手喝采だったね」 |
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