| “違法”生コン業者「大沢建材」15年も野放しの 日野市 の怠慢行政 | ||
<2年に大沢建材内に建てられた鉄塔は建築基準法に基づく確認通知を受けたものではありません。つまり違反建築物です。 当時東京都では違反建築として「是正計画書」の提出を求め、この中で大沢建材では「数年以内に撤去移転する」と文章で誓約しています。 また、沿道住民との話し合いでも「平成8年までに撤去移転する」と約束しております。しかし、平成6年末からこれを撤回して居座りの態度に変って来ています。> ![]() 生コン業者に舐められっぱなしの 日野市 役所と馬場市長 <法律は第一種住専地域内での工場操業は認めていませんが、しかしわれわれは平成2年以前の状態、つまり生コンクリート製造施設以前の状態、つまり生コンクリート製造施設だけを撤去、移転し、砂と砂利のみの販売に限定すれば異論なく受け入れる姿勢でいます。 生コンの製造にともなうダンプ、ミキサー車の頻繁な往来が、いかに沿道住民を苦しめているかご理解と応援をお願いするものであります。> 沿道住民がこの立看板で訴えている内容でもわかるように、「大沢建材(有)」( 日野市 ・大沢由則社長)は、その事務所と鉄塔は“建築基準法”に“違反”している。
上の写真にある事務所への外階段などは、はじめて訪れる者にとっては危険なもので、一歩足を踏み外したら下まで転げおちそうだった。社長の大沢由則の父である同社の会長に会った。 「私は昭和35年ごろからここで事業を始めた。そのころは上の方に2軒ぐらいしか住んでなかったんだ。ところがそれからどんどん家が建って引っ越してきた。あとから来て文句言われても・・・。汚水処理だって問題なく水槽をつくってやっているし、5時には作業もやめて前の道路も水をまいてきれいにしているよ」と自信ありげに言う。 そこで近くの住民に話を聞くと、「昭和35年ごろからしばらくは手練りで側溝を製造していたから騒音も粉じんもなかった。それが平成2年ごろからあのような生コンプラントができたんです。地元の議員さんや、市にも苦情を言うのですが、指導していますとその場限りで、違法建築を見逃がしてきたんです」と憤満やるかたないといった様子。 抜本的対策としては移転しかない(市)日野市 の市長公室長から「調査した結果をコメントする」との連絡を受け、去る5月24日の午前中に訪ねた。 市長公室室長の案内で5階の会議室へ入ると、室長の他に“環境共生部参事”、“環境保全課長”ら計6人への取材となった。それぞれの担当者が一人一人説明してはくれたが、要するに“生コンプラントの移転を目指して今後も指導してゆく”ということだった。 「あのプラントは、建築基準法違反ですね」と念を押すと一人が「そうです」と答えた。「何のペナルティも課さず、この期に及んでもそんなことを言ってていいんですか。これではまた、今までどおり代替え地が気に入らない、と言ってのばしてしまう。 これまでもそうだったじゃないですか」呆れ果てて、帰り際に市のカウンターから 「日野市 勢要覧」を持ち帰ってみると<住み続けられるまちとして良好な生活環境が整った「住みいい」まち。住んでいる人すべてが互いの人権を尊重し心の通う「ここちいい」まち。それぞれの地域が、活気や魅力にあふれた「いきいき」のまち>というキャッチフレーズがあった。 子どもが学校の帰りに、生コンミキサー車におびえなければならないこの地域のどこに<住みいい><ここちいい><いきいき>とした生活があるというのか。人間として守らなければならない最低限の“法律”も守らない「大沢建材」という悪徳生コン業者には、もう“代執行”という伝家の宝刀を抜くしかなく、ましてや地域の40社ほどが加盟する「建材組合」会長のポストにあるのだから、この「建材組合」のモラルも知れたもの。住民からの苦情の数々。 「コンクリートミキサー車に沿道住民が泣いている」、「学童をダンプから守れ」、「コンクリートミキサーの車暴走を許すな」、「ダンプカー公害は社会の敵」などの立看板などに見られるように、「大沢建材」に対する近隣住民の怒りは続いている。しかしそれだけではなく、 日野市 役所の方にも数々の苦情が寄せられている。例えば、“工場内でコンクリート片を叩くような音がする”。“周辺道路に細かい土ぼこり(コンクリート粉末)”。“他業者のミキサー車は入らない約束なのに、守られていない”。また“朝からガンガン音を立てているのでご指導願いたい”とか“日曜日にもかかわらず、大沢建材から騒音がした。大沢建材・地元市の話し合いで、日曜に操業しないと取り決めてあったと思うがどうか”などなどの苦情も記録もある。(カット参照) ![]() |
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